知床 日本の世界遺産

北海道の知床は世界遺産リストに「知床」という名前で登録されています。海では多くのプランクトンが海氷により育ち、川ではサケなどの淡水魚が海に出てプランクトンを餌として成長します。森ではヒグマなどの陸上生物が成長して遡上してきたサケなどを餌としています。知床はこうした海、川、森の複合的な生態系の仕組みと重要性をよく表しています。

琉球王国のグスク及び関連遺産群 日本の世界遺産

沖縄の首里城を始めとした城塞建築群は世界遺産リストに「琉球王国のグスク及び関連遺産群」という名前で登録されています。遺産価値は琉球地方の独特な歴史・文化の象徴です。構成資産は玉陵、園比屋武御嶽石門、今帰仁城跡、座喜味城跡、勝連城跡、中城城跡、首里城跡、識名園、斎場御嶽です。琉球王国は数世紀にわたり、東南アジア・中国・朝鮮・日本の経済的・文化的交流の中心地として存在した独立王国でしたが、個々の構成資産は琉球王国がこれらの国々の影響を受けながら独自に発展してきた様子を示しています。

厳島神社 日本の世界遺産

厳島神社は世界遺産リストに「厳島神社」という名前で登録されています。厳島神社の遺産価値は「現代に残る古代神社建築の特徴と高い芸術性」です。日本三景「安芸の宮島」として知られる日本有数の景勝地で、御神山である瀰山を背景に海上に朱塗りの大鳥居があり、海際には神社建築物群が位置します。ここでは日本の世界遺産観光におすすめの厳島神社をご紹介します。

広島の平和記念碑(原爆ドーム) 日本の世界遺産

広島の平和記念碑(原爆ドーム)の価値は「核兵器による惨劇を現代に伝えていること」です。1945年8月6日、広島市の市街地に人類史上初めて原子爆弾が投下されました。原爆ドームは爆心地の西北約150mに位置していた広島県産業奨励館という建物で、原子爆弾の爆発による惨劇の様子をありありと現代に伝えています。崩れ落ちた外壁、熱線で曲がった鉄骨、骨組のみが残ったドーム形状の屋根部、焼けて無くなってしまった窓などの様子は、その威力の凄まじさを物語っています。爆心地に近く、核兵器の被害跡をここまではっきりと現在まで残した建物は珍しく、核兵器の根絶と恒久的な世界平和を訴えるモニュメントとして高い価値を持っています。

明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業 日本の世界遺産

九州・山口を中心とした8地域、23資産から成る明治日本の産業革命遺産は世界遺産リストに「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」という名前で登録されています。資産構成は①萩反射炉②恵美須ヶ鼻造船所跡③大板山たたら製鉄遺跡④萩城下町⑤松下村塾⑥旧集成館⑦寺山炭窯跡⑧関吉の疎水溝⑨韮山反射炉⑩橋野鉄鉱山⑪三重津海軍所跡⑫小菅修船場跡⑬旧グラバー住宅⑭高島炭坑⑮三角西港⑯三菱長崎造船所第三船渠⑰三菱長崎造船所ジャイアントカンチレバークレーン⑱三菱長崎造船所旧木型場⑲三菱長崎造船所占勝閣⑳端島炭坑㉑三池炭鉱・三池港㉒官営八幡製鉄所㉓遠賀川水源地ポンプ室になります。

石見銀山遺跡とその文化的景観 日本の世界遺産

石見銀山(いわみぎんざん)は世界遺産リストに「石見銀山遺跡とその文化的景観」という名前で登録されています。ここでは岩見銀山が世界遺産登録された背景・理由、遺産価値、歴史、構成資産(銀山柵内、代官所跡、矢滝城跡、矢筈城跡、石見城跡、大森・銀山、宮ノ前、熊谷家住宅、羅漢寺五百羅漢、石見銀山街道鞆ヶ浦道、石見銀山街道温泉津・沖泊道、鞆ヶ浦、沖泊、温泉津)についてお伝えします。

姫路城 日本の世界遺産

姫路城は世界遺産リストに「姫路城」という名前で登録されています。その真白な壁面、均整の取れた形状といった外観の美的完成度が非常に高く評価されています。現存する日本の城建築の中で最大規模で、城の顔ともいえる天守の大きさでは日本に現存する12個の天守の中で最大です。現在の形になったのは1600年に城主となった池田輝政による大改修の後です。

紀伊山地の霊場と参詣道 日本の世界遺産

紀伊山地は世界遺産リストに「紀伊山地の霊場と参詣道」という名前で登録されています。紀伊山地の文化的景観を形づくる遺跡群は、神道と仏教が融合した独特の景観を持っています。これは紀伊山地の深い山々に残る自然と数々の寺院、神社などから見て取れます。紀伊山地の神社と寺院、そしてそれらに関連する儀式は日本の1000年以上の宗教文化の発展を証明する特別なものです。紀伊山地の霊場と参詣道の遺産価値は「自然と宗教が融合した独特な景観」です。

法隆寺地域の仏教建造物群 日本の世界遺産

法隆寺は推古天皇と聖徳太子により607年に建立された斑鳩寺を起源としたお寺で、世界遺産リストに「法隆寺地域の仏教建造物群」という名前で登録されています。法隆寺地域の仏教建造物群の遺産価値は「世界最古の仏教の木造建造物であること」です。法隆寺にはその後の建築様式には見られない独特な特徴が見られます。これは飛鳥時代の特徴、ひいては伝来元である中国の北魏時代の特徴でもあります。特にエンタシスの柱、雲形組物の2つは有名です。また2つの貴重な古代の建築様式が見られるだけでなく、その建築様式がどのように変わってきたのか、その様子を見ることもできます。法隆寺地域の仏教建造物群の構成資産は大きく法隆寺と法起寺に分けられ、法隆寺は大きく西院、東院に分けられており、古いものでは7世紀、新しいものでは18世紀に及ぶまで1000年以上にわたって建造された仏教建築物が並んでいます。法起寺は聖徳太子の遺言に従い、聖徳太子の子・山背大兄王によって建てられました。法起寺は1500年代末(16世紀末)に三重塔以外が焼失してしまいます。その後、17世紀以降に講堂などが再建され、現在の形になりました。そのため、創建当時の姿を残すのは三重塔のみとなっています。

古都奈良の文化財 日本の世界遺産

奈良は世界遺産リストに「古都奈良の文化財」という名前で登録されています。世界遺産リストに登録されるためには、「世界遺産条約履行のための作業指針」に示される登録基準の内、少なくとも1つ以上の基準に合致する必要があります。奈良の寺院の多くは8世紀に中国や朝鮮から伝えられた建築技術をもとに日本で発展したものです。これらは中国大陸・朝鮮半島と日本の技術・文化の交流があったことを示しています。また、構成資産には奈良時代の「和様」の建築文化に加え、「大仏様」なる新たな建築文化も見られ、日本建築の発展の様子が見て取れます。古都奈良の構成資産は古代の都の様子を現代に伝える非常に珍しい資産です。とりわけ平城宮跡は平安京より古いものであるにもかかわらず、都市開発の影響を受けなかったため保存状態が良く、この時代の文化を示す重要かつ貴重な証拠となっています。また、木簡などの文学的な遺物なども発見されており、考古学的価値も高い資産です。また構成資産は古代の建築や都市設計をよく示しています。また平城京のあった710~784年頃の建築物は中国や朝鮮にも残っておらず、日本だけでなく初期アジアの建築様式、都市設計を表す証拠として極めて珍しいものとなっています。さらに日本の神道、仏教といった宗教と密接に結びついています。特に春日大社とその神域である春日山原始林との関係は、自然を神格化しようとする日本独自の神道思想をよく表しています。また、奈良では宗教儀式や行事が現在でも多く残っており、文化として根付いています。これらにより古都奈良の文化財は登録基準ⅱ、ⅲ、ⅳ、ⅵを満たし、世界遺産リストに登録されました。