世界遺産_小笠原諸島の魅力 世界遺産登録理由
1.登録基準
日本列島の約1,000km南方の海に位置する小笠原諸島(おがさわらしょとう)は世界遺産リストに「小笠原諸島」という名前で登録されています。
世界遺産リストに登録されるためには、「世界遺産条約履行のための作業指針」に示される登録基準の内、少なくとも1つ以上の基準に合致する必要があります。
小笠原諸島は登録基準ⅸを満たし、世界遺産リストに登録されました。
基準 ⅸ.(動植物の生態系の進化や発達を示す見本となるもの)の適用について
小笠原諸島は、「小笠原諸島という小さい島々で、独特の進化を遂げ、ここにしか生息していない生物が多い」ということが評価されました。特にカタツムリや植物において種類は多いです。
同じような環境で有名な例としてガラパゴス諸島が挙げられますが、小笠原諸島の優れた部分はその面積の小ささです。通常、島の面積が大きい方が様々な環境ができやすいため、それぞれの環境に合わせた多くの進化が起こります。小笠原諸島はガラパゴス諸島に比べて面積が非常に小さいにも関わらず、多くの進化が起こり多様な生物が存在するに至りました。
この点が登録基準ⅸ.に該当するとして、評価されました。
2.遺産価値総論
小笠原諸島の遺産価値は「小さな海洋島(かいようとう)における多様な生物進化を示す顕著な見本であること」です。
(1)小さな海洋島
小笠原諸島には小笠原諸島にしか生息しない生物が多くいますが、それは小笠原諸島が海洋島であることが大きく関わっています。
海洋島というのは誕生した時から一度も大陸と接したことのない島のことです。
小笠原諸島は約4800万年前に太平洋プレートが沈み込みを開始したことによって誕生した島々で、日本列島の約1,000km南方に位置し、北西太平洋地域における貴重な陸地となっています。
小笠原諸島は一度も大陸と接したことがないため、生息する生物の祖先は鳥に運ばれたり、風に乗って運ばれたり、海流や流木に付着して流されたりすることで島に偶然辿りついたものです。
その後、島の環境に適応し、定着できた種は、隔離された環境の下で長期間独自の進化の道を歩み、その結果この島々にしか存在しない動植物が多く誕生しました。
また、その陸地面積が小さいことも特徴です。
独自の生物が多いガラパゴス諸島も小笠原諸島と同じく海洋島ですが、小笠原諸島はガラパゴス諸島の約1/100の陸地面積でありながら、独自の生物が多く存在する貴重な地域です。
(2)生物進化
小笠原諸島の独自の生物進化は、海洋島と言う長期間外界から隔離された環境によるものだけでなく、諸島内の環境に様々に適応することでも多くの種を産みました。
同じ環境内で様々に適応する進化を適応放散(てきおうほうさん)と言い、小笠原諸島においては特にカタツムリや植物においてその様子がよく表れています。カタツムリについては100種以上が確認され、その94%が固有種であり、非常に高い固有率を示しています(※1)。
現在も新種の発見が続いており、その進化は今なお進行中です。
小笠原諸島のカタツムリについては、他の海洋島に比べて絶滅率が低いことも特徴の一つです。その残存率の高さからも、小笠原諸島の陸産貝類が極めて貴重な存在であると言えます。
※1 固有種と固有率:ある特定の環境にしかいない種を固有種、全体の中での固有種の割合が固有率
3.資産の概要
小笠原諸島は日本列島から約1,000km南方の海に、南北約400kmに渡って散在する30余りの島々の総称です。その構成は、小笠原群島(おがさわらぐんとう)と火山列島(かざんれっとう)、およびいくつかの孤立島からなります。小笠原群島は聟島列島(むこじまれっとう)、父島列島(ちちじまれっとう)、母島列島(ははじまれっとう)からなり、火山列島は別名:硫黄列島(いおうれっとう)とも呼ばれ、北硫黄島(きたいおうとう)、硫黄島(いおうとう)、南硫黄島(みなみいおうとう)から構成されます。
世界遺産の区域の構成は、北から聟島列島の北之島(きたのしま)、聟島(むこじま)、媒島(なこうどじま)、嫁島(よめじま)、父島列島の弟島(おとうとじま)、兄島(あにじま) 、父島、母島列島の母島、向島(むこうじま)、平島(ひらしま)、姪島(めいじま)、妹島(いもうとじま)、姉島(あねじま)、北硫黄島と南硫黄島、及び小笠原群島の西部に位置する孤立島の西之島(にしのしま)からなります。世界遺産区域の総面積は7,939haで、有人島の父島、母島では集落が除かれた地域が世界遺産の区域となっています。
座標位置
・北緯 24度13分~27度44分
・東経 140度52分~142度15分
遺産地域マップ
画像:環境庁 小笠原諸島
4.自然環境
(1)地形・地質
小笠原諸島の地形・地質は世界遺産の登録基準としては認められませんでしたが、貴重な価値を持っています。
小笠原諸島は約4,800万年前に太平洋プレートがフィリピン海プレートの東縁に沈み込むことによって誕生した海洋性島弧(かいようせいとうこ)です。島弧とはプレートの境界に形成される列島のことで、通常は厚い大陸プレートの下に薄い海洋プレートが沈むことで出来ます。しかし、海洋プレートの下に海洋プレートが沈み込むこともあり、そうしてできた島弧を海洋性島弧と言います。
小笠原諸島は海洋性島弧の典型例として古くから地質学や岩石学といった研究が行われてきたため、世界で最も研究が進んでいる地域の一つです。その理由は、海洋性島弧の発生から現在に至るまでの発達過程を示す一連の岩石が地表に露出していることはほとんどありませんが、それらが地殻変動による破壊を受けず、まとまった規模で陸上に露出しているのは世界でも小笠原諸島だけだからです。
こうした点から、小笠原諸島は地球の進化過程の解明において極めて重要であるため、登録基準ⅷ(地球の形成を示す見本となるもの。)にも該当するとして推薦されました。しかし、この価値についてはIUCN(国際自然保護連合)から「比較研究する材料が不足している」として残念ながら認められませんでした。
(2)気候
小笠原諸島の気候は、場所により様々な特性が見られ、生態系の形成に影響しています。
小笠原諸島の気候は、気温の年較差(ねんかくさ)(※2)や日較差(にちかくさ)(※2)が小さく湿度が高いという海洋性の特徴を持ちます。
※2年較差とは一年間に観測された最高気温と最低気温の差、日較差とは一日の最高気温と最低気温の差。
湿度は高いですが、小笠原諸島は高気圧の中心に位置するため降水量は少ないです。さらに、夏には水分の蒸発量が降水量を上回ることから、土壌は極度の乾燥状態となります。
ただ、同じ小笠原諸島内でも標高や風向きにより気候特性が異なり、比較的標高の高い南硫黄島などの山頂部では常に霧に包まれた雲霧帯(うんむたい)が存在します。これは、ある高度以上の山地の斜面には、上昇気流に乗った空気の水分が冷やされて霧になりやすい地帯が現れるためです。
世界遺産区域の中では北硫黄島、南硫黄島、母島が雲霧帯を形成する条件を持っています。雲霧帯は湿度が高いため、コケ類を始めとした湿度の高い場所を好む植物が育ち、雲霧帯の独特な景観を形成しています。
5.生物・生態系
(1)植物
小笠原諸島の植物の特徴は、小さな海洋島でありながら固有種の数が多く、固有種率も高いことです。
特に一般的な木や草を指す維管束植物(いかんそくしょくぶつ)(※3)においては、441種中161種もの固有種が存在し、その固有率は36%です。ちなみに固有種の多い海洋島として有名なガラパゴス諸島では541種中229種が固有種で固有率は42.3%です。
ガラパゴス諸島と比べると固有率が低いと感じるかもしれませんが、ガラパゴス諸島の面積は7,859km2と小笠原諸島80km2の約100倍もの大きさがあります。
一般的に島の面積が大きいほど環境が複雑になりやすいため生物の種類が増え、面積が小さいほど生物の種類が減り、絶滅率も高くなります。そのため、小笠原諸島の面積が非常に小さいことを考えると、小笠原諸島の植物固有率は非常に高い数値であると言えます。
1k㎡当たりの固有種数を比較すると、小笠原諸島は2.01種(/k㎡)、ガラパゴス諸島は0.03種(/k㎡)と面積当たりの小笠原諸島の固有種数の多さがわかります。
この固有種の多さは小笠原諸島周辺の様々な地域からやってきた種が、小笠原諸島の環境に合わせて独自の進化をしてきたためです。
※3 維管束植物:維管束、いわゆる「茎」を持つ植物のこと。
植物の中からコケや藻を除いたもの。
①様々な種の起源
小笠原諸島の植物は、東南アジア、太平洋南部地域、日本などから来た植物を起源に持つと言われています。太平洋南部地域由来の植物は熱帯性の性質が強く、東南アジア由来の植物は亜熱帯性の性質が強いです。
②環境に合わせた進化
小笠原諸島には乾燥地帯と雲霧帯といった異なる気候環境に適応する進化と、似た環境内で様々な進化をする適応放散による進化の様子が見られます。
乾燥地帯に適応した例
小笠原諸島の乾燥地帯では、「乾性低木林(かんせいていぼくりん)」と言う独特の森林が発達しています。
乾燥した気候に適応した背の低い森林で、父島列島の父島北東部・南西部や兄島、母島列島の母島南端部、向島、姪島、姉島、妹島などの島全体を広く覆っています。東南アジアや沖縄からやってきた植物が、小笠原諸島の乾燥した気候条件に合う様に適応した結果だと考えられています。
雲霧帯に適応した例
小笠原諸島の雲霧帯では「湿性高木林(しっせいこうぼくりん)」という森林が発達しています。湿度の高い気候に適した背の高い森林で、母島の雲霧帯など湿度の高い一部の環境下で見られます。
大陸や日本本土で成熟した森林はシイやカシといった樹が多くなりますが、海洋島ではそういった樹が存在しません。そのため、大陸の森林とは異なる海洋島独特の特徴を示しています。
適応放散の例①
適応放散の例のひとつとして、樹の性別が分かれるという現象があります。花を咲かせる樹では同じ樹の中で雄しべのある花と、雌しべのある花が咲く、あるいは同じ花の中に雄しべと雌しべが存在する花が咲く種があります。
ところが、樹の性別が分かれると、同じ樹には雄しべのある花のみ、あるいは雌しべのある花のみが咲くようになります。この現象は海洋島で良く見られますが、そのメカニズムは定かにはなっていません。
小笠原諸島の固有種にはまさに樹の性別が分かれていることを示す種が観察できます。
例えば、小笠原諸島固有種のムニンアオガンピは雄花と雌花が異なる木に咲きますが、最も近い種と考えられている南西諸島のアオガンピは一つの花に雄しべと雌しべが存在する花をつけることから、小笠原諸島に渡ってから樹の性別が分かれたと推測されています。
適応放散の例②
ハワイ諸島やガラパゴス諸島などの海洋島では、草が木のようになる現象がよく見られますが、小笠原諸島でもこれと同様の現象が見られます。
小笠原諸島ではキク科固有種のワダンノキ、キキョウ科のオオハマギキョウなどその現象が確認されています。
ワダンノキはキク科であるにもかかわらず、樹高4~5m、幹の直径が10cmにもなる珍しい植物で、小笠原諸島で草が木の様になったことを示す代表的な例と言えます。オオハマギキョウも日本本土に存在する同じ種類では草しか見られず、小笠原諸島で樹の様になった種であると考えられています。
(2)動物
小笠原諸島の動物も植物と同じく、限られた面積の中で独自の進化が起こり、数多くの固有種が見られます。特に顕著な例としてはカタツムリが挙げられます。カタツムリやナメクジを指す陸産貝類(りくさんかいるい)においては106種類中100種類、なんと94%が小笠原諸島の固有種です。
ガラパゴス諸島においても96%と高い数値ですが、ガラパゴス諸島における陸産貝類の種数は83種(内80種が固有種)であり、固有種の数においてはガラパゴス諸島を上回っています。
また、1k㎡当たりの固有種数を比較すると、小笠原諸島は1.25種(/k㎡m2)、ガラパゴス諸島は0.01種(/k㎡)と100倍以上もの差があり、小笠原諸島の陸産貝類の種数・固有率の高さが際立って高いことがわかります。
陸産貝類
陸産貝類は陸生の貝類のことで、カタツムリやナメクジを指します。小笠原諸島の陸産貝類においては、現在も新種の発見が続いており、進化中の過程を見ることが出来ます。
陸産貝類においては固有種だけでなく、「種」より上位の「属」においても7つの固有の属があることが知られており、中でもカタマイマイ属は小笠原諸島の代表的な陸産貝類で、適応放散による進化の典型を示しています。
カタマイマイ属の進化
カタマイマイ属は、同じ地域に住む種の間では、食べる餌や餌を食べる場所、休眠する場所が種ごとに異なっています。
大きく区別すると、地表で落葉を食べる地上性、もっぱら木の上で葉を食べる樹上性、木の上だけでなく地面にも降りる半樹上性に分けられます。
こうした違いは殻の形や色に反映され、地上性は背が高く、樹上性は殻が高くなりますが小型に、半樹上性は平たくなるという違いが現われます。面白いことにこれらの特徴は異なる島でも反映されており、同じ生活様式を採る種はどの島でも似たような姿をしています。
こうしたカタマイマイの進化の歴史を調べると、最初の適応放散は父島でおき、樹上性、半樹上性、地上性といった生活様式による進化が起こりました。
その後、そのうちのひとつが聟島に、別のひとつは母島に移住しましたが、移住した島でも生活様式による進化が起きました。
このように、異なる島間において繰り返し進化が起きることで、カタマイマイ属の種類は増えてきました。同様に、小笠原諸島における陸産貝類についても、こうした進化が起き、固有種数と固有率は増えてきたのです。
【参考書籍】
すべてがわかる世界遺産大辞典(上)(世界遺産検定事務局)
【参考HP】
「小笠原諸島」に関する IUCN 評価結果及び勧告の概要について