世界遺産について 成り立ち、決め方、決定機関、危機遺産など

世界遺産とは 成り立ち、決め方、決定機関、危機遺産など

世界遺産は現在、世界167ヵ国に1073件もの数が登録されています(2017年7月時点)。その数は今も増加しており、年間約20~30件ほどのペースで新たな世界遺産が登録され続けています。日本でも2017年には「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群が新たに登録されたばかりです。

しかし、そもそも世界遺産とは一体どういうものなのでしょうか?こちらでは知っているようで意外と知らない世界遺産について、「世界遺産とは何なのか?」「世界遺産はどうやって決まるのか?」といった視点から紹介していきたいと思います。

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1.世界遺産の成り立ち

世界遺産とは一体何なのか、これを知るためには世界遺産がどのようにして出来たのかを知るとよりわかりやすいです。
ここではその成り立ちについて説明します。

世界遺産が制定されるきっかけとなったのは1960年のことです。エジプトにあるアブ・シンベル神殿という遺跡がダムの建設によりダム湖に沈んでしまうかもしれないという事態が起こりました。それを救うべくUNESCO (United Nations Education, Scientific and Cultural Organization:国際連合教育科学文化機関)は遺跡を移築して保存しようという救済キャンペーンを行います。

このキャンペーンには世界50ヵ国が賛同し、遺跡の移築は無事に成功しました。このときに「歴史的建造物は人類共通の遺産である」という考え方が世の中に広がり、後に採択されるある条約のきっかけとなります。この条約というのが1972年にUNESCOで採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」通称「世界遺産条約」です。内容としては世界中に存在する遺跡・建造物などの文化遺産、自然の風景地などの自然遺産を世界遺産として登録し、保護することを目的とした条約です。この条約に基づいて作成された世界遺産リストに載っている資産、それが世界遺産です。

2.世界遺産とは

世界遺産の成り立ちを紹介したところで、改めて世界遺産を簡単に説明すると何なのでしょうか?
わかりやすく言うと、それは「人類共通の宝物」と言えます。
しかし宝物といっても、その考え方は場所によって、時代によって、また人によっても異なります。それでは一体だれが、どのようにして世界遺産を決めているのでしょうか?

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3.世界遺産の決め方

世界遺産の決め方に関しては、「世界遺産条約」及び「世界遺産条約履行のための作業指針」という資料に記載されています。

(1)世界遺産の分類

まず「世界遺産」と一口に言っていますが、世界遺産というのは大きく3種類に分類されています。
世界遺産条約の正式名からもわかるように、その分類の1つ目は文化遺産、2つ目は自然遺産です。そして3つ目は文化遺産、自然遺産の両方の価値を持つ複合遺産です。最初に紹介した世界遺産1073件の内訳は文化遺産832件、自然遺産206件、複合遺産35件です。

それぞれについての簡単な説明は以下の通りです。

①文化遺産
歴史的に価値のある遺跡や建造物群など
例)万里の長城(中国)、姫路城(日本)

②自然遺産
景観的に優れる自然区域や絶滅危惧種の動植物のいる地域など
例)グランドキャニオン(アメリカ)、屋久杉(日本)

③複合遺産
文化遺産及び自然遺産の定義(の一部)の両方を満たすもの
例)マチュピチュ(ペルー)

(2)世界遺産の定義

ではいよいよ、「世界遺産とは一体何なのか?」その定義について紹介します。

世界遺産条約によると、世界遺産の定義は「顕著な普遍的価値を有するもの」と表現されています。少し曖昧でわかりづらいですね。「世界遺産条約履行のための作業指針」では、もう少し具体的にこの「顕著な普遍的価値」に関する説明がされています。
「顕著な普遍的価値とは、国家間の境界を超越し、人類全体にとって現代及び将来世代に共通した重要性をもつような、傑出した文化的な意義及び/又は自然的な価値を意味する。」

つまり、「国や時代を超えて重要になるような文化的、自然的な価値」ということです。
文化遺産であれば人の手によってつくられたもので今後現れないような価値のあるもの、自然遺産は自然によってできたもので他では見られないような価値のあるもの、それが世界遺産なのです。

それではそんな世界遺産はどのようにして登録されるのでしょうか?

(3)世界遺産登録までの流れ

世界遺産登録までの大まかな流れは以下の通りです。

①暫定リストの作成(自国政府)

②暫定リストから登録候補を推薦(自国政府→ユネスコ世界遺産センター)

③登録候補の調査を依頼(ユネスコ世界遺産センター→調査機関)

④調査結果の報告(調査機関→ユネスコ世界遺産センター)

⑤世界遺産委員会での審査(ユネスコ世界遺産センター→世界遺産委員会)

この中で③の調査機関については登録候補の種類によって異なります。文化遺産であればICOMOS(International Council on Monuments and Sites:国際記念物遺跡会議)が調査をし、自然遺産であればIUCN(International Union for Conservation of Nature:国際自然保護連合)が調査をします。

おおまかな流れは以上の通りですが、それでは最終的に世界遺産を決定するのは誰なのでしょうか?

(4)世界遺産の決定機関者

世界遺産かどうかを最終的に決定するのは上述の「世界遺産委員会」という委員会です。この委員会は世界遺産条約に締約する193ヵ国の内の21ヵ国で構成されています。委員国は地域などを考慮して偏りがないように決められ、一定の任期を終えると交代します。

最終的に決定をするのはこの世界遺産委員会なのですが、そこにたどり着くまでには自国政府のいろんな省庁、調査機関の審査が必要となるため、現実にはかなりの数の人・機関によって決められていると言えるでしょう。

(5)世界遺産の評価基準

さて、世界遺産委員会が最終的な決定を下すというのはわかりましたが、それが世界遺産だということをどのようにして判断したら良いのでしょう?
それを判断するためには、実は下記の3点が評価されています。

①顕著な普遍的価値

②完全性と真正性

③保護管理

それぞれの説明に関しては少し長くなるため、以下に記載していきます。

①顕著な普遍的価値
上述した「顕著な普遍的価値」について、その価値を評価するための評価基準が「世界遺産条約履行のための作業指針」に記載されています。それは以下の10項目のなかで一つ以上の条件を満たすこととされています。

ⅰ) 人類の創造的才能を表現する傑作。

ⅱ) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。

ⅲ) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。

ⅳ) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。

ⅴ) ある文化(または複数の文化)を代表する伝統的集落、あるいは陸上ないし海上利用の際立った例。もしくは特に不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている人と環境の関わりあいの際立った例。

ⅵ) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。

ⅶ) ひときわすぐれた自然美及び美的な重要性をもつ最高の自然現象または地域を含むもの。

ⅷ) 地球の歴史上の主要な段階を示す顕著な見本であるもの。これには生物の記録、地形の発達における重要な地学的進行過程、重要な地形的特性、自然地理的特性などが含まれる。

ⅸ) 陸上、淡水、沿岸および海洋生態系と動植物群集の進化と発達において進行しつつある重要な生態学的、生物学的プロセスを示す顕著な見本であるもの。

ⅹ) 生物多様性の本来的保全にとって、もっとも重要かつ意義深い自然生息地を含んでいるもの。これには科学上または保全上の観点から、すぐれて普遍的価値を持つ絶滅の恐れのある種の生息地などが含まれる。

このうち、文化遺産についてはⅰ)~ⅵ)のいずれか一つ以上、自然遺産についてはⅶ)~ⅹ)のいずれか一つ以上、複合遺産についてはⅰ)~ⅵ)のいずれか一つ以上とⅶ)~ⅹ)のいずれか一つ以上の両方を満たすこととされています。

②完全性と真正性
完全性と真正性というのは「世界遺産条約履行のための作業指針」に記載されている内容で「顕著な普遍的価値」を示す一因とされているものです。
この完全性、真正性の意味を簡単に説明すると下記の通りです。

ⅰ)完全性(Integrity)
価値を伝えるだけの保存状態であるか。また、その価値を示すのに必要な範囲が含まれているか、など。
例えば、滝を中心とする風景であれば、それに隣接する上流域及び下流域を包含しているか、など。

ⅱ)真正性(Authenticity)
 遺産の価値を伝えるだけの真実性・信用性があるかどうか。
例えば建築物の場合、建築当時の形状や材料、建築方法であるか、など。
「完全性」の対象範囲は文化遺産、自然遺産、複合遺産すべてについて、「真正性」の対象範囲は文化遺産、複合遺産となります。

③保護管理
続いて保護管理に関して、「世界遺産条約履行のための作業指針」では以下の点から判断するように示されています。
ⅰ)立法措置、規制措置による保護措置
 開発などで物件が破壊されないように規制されているか

ⅱ)効果的な保護のための境界線の設定
真正性、完全性が保たれるために適切な境界線が設定されているか

ⅲ)緩衝地帯
遺産を保護するための予防策として必要に応じて境界線の外側に緩衝地帯が設定されているか

ⅳ)管理体制
 管理するための管理計画や人員配置などの体制が整っているか

これらの調査がなされ、それらを十分に満たしていると判断されて初めて、世界遺産委員会に審議に掛けられます。その世界遺産委員会で承認されて初めて、世界遺産リストに登録されるのです。
長く険しい道のりです。

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4.危機遺産について

世界遺産には危機遺産というものがあることをご存知でしょうか?これは前述の文化遺産、自然遺産、複合遺産とは異なり、正式な分類ではありません。危機遺産と言うのが一体何かと言うと、武力紛争、災害、都市開発などにより、その顕著な普遍的価値を損なうような重大な危機にさらされている世界遺産のことを指します。そうした物件は「危機にさらされている世界遺産リスト(危機遺産リスト)」に登録され、そこで危機遺産となるのです。

そして、危機にさらされている世界遺産から更に状況が悪化すると、世界遺産リストから抹消されてしまうこともあります。

実際に抹消された例としてはドイツのドレスデン・エルベ渓谷があります。この世界遺産はエルベ渓谷とそこに発達した都市ドレスデンの文化的景観に顕著で普遍的価値があるとし、2004年に世界遺産リストに登録されました。しかしその後、交通渋滞緩和のためにエルベ渓谷に橋が建設されることが決定すると、2006年には危機遺産リストに登録され、2009年には登録リストから抹消されてしまいました。

今まで長々と述べてきたように、登録までに長い道のりを経なければならない世界遺産ですが、その顕著で普遍的価値がなくなってしまうと登録抹消されてしまう危険性もあります。

日本にはまだ危機遺産に登録されているものはありませんが、実は危機遺産に登録される可能性がある遺産があります。
それはまだ世界遺産になったニュースが記憶に新しい富士山です。富士山は1990年代から世界遺産の登録を目指し、2013年になってようやく世界遺産に登録されました。しかし、その過程では様々な問題がありました。中でも大きな問題は年間30万人にも及ぶとされる登山者の多さです。

昔から富士山ではゴミや登山者のトイレ問題があり、世界遺産に登録された際にも世界遺産委員会である条件が課されています。それが「景観保護に対する総合的なヴィジョンを示せ」というものでした。

多くの登山者が訪れる富士山では、景観保護や登山道保全の為にどのような対策をするつもりなのか、それが宿題として課せられているのです。昔に比べて改善はされている状況ですが、現在もその問題が残っているのは事実です。

そのため、今後危機遺産リストへの登録や世界遺産リストからの抹消という事態に陥らないためにも、どのような保護体制を整えていくかということが大きな問題と言えるでしょう。

この通り、世界遺産と言うのは厳しい審査を経て、ようやく登録されるものです。また、登録後もその価値を失わないようにしないと世界遺産として認められなくなってしまいます。

しかし、それだけの困難を経てでも世界遺産に登録するということは、その遺跡・建造物や景観に大きな価値があり、何としても将来にわたって残していきたいという気持ちの表れです。それを知ると、それぞれの世界遺産への見方も変わり、また違った楽しみ方が出来るのではないでしょうか?

【参考】

日本ユネスコ協会連盟

世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約(環境省)

文化遺産オンライン

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