知床 日本の世界遺産

世界遺産_知床の魅力 世界遺産登録理由

1.登録基準

北海道の知床は世界遺産リストに「知床」という名前で登録されています。

世界遺産リストに登録されるためには、「世界遺産条約履行のための作業指針」に示される登録基準の内、少なくとも1つ以上の基準に合致する必要があります。

知床は登録基準ⅸ、ⅹを満たし、世界遺産リストに登録されました。

基準 ⅸ.(動植物の生態系の進化や発達を示す見本となるもの)の適用について

知床は海と川と森が一体となった生態系をよく現しています。

海では、多くのプランクトンが海氷により育ちます。川では、サケなどの淡水魚が海に出て、プランクトンを餌として成長します。森では、ヒグマなどの陸上生物が成長して遡上してきたサケなどを餌としています。

知床はこうした海、川、森の複合的な生態系の仕組みと重要性をよく表しています。

この点が登録基準ⅸ.に該当するとして、評価されました。

基準 ⅹ.(絶滅危惧種の生息地など、生物多様性を示すもの)の適用について

知床には希少種を含めた多様な生物が生息しています。知床は世界で最も低緯度で海氷に覆われる地域です。

冬季は海氷に覆われる程の寒さとなりますが、地理的には温帯域に位置しています。この独特の環境により、他では見られない多種多様な生物が生息しています。

また、希少種であるシマフクロウやオオワシの繁殖地・越冬地にもなっています。

この点が登録基準ⅹ.に該当するとして評価されました。

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2.遺産価値総論

知床の遺産価値は「豊かな海洋と陸上を結ぶ複合的な生態系」です。

(1)豊かな海洋生態系

知床の海は、①暖流と寒流が流れ込む、②季節海氷域(※1)である、という2つの特徴があります。この2つの特徴が知床に豊かな海洋生態系をもたらしています。

まず、暖流と寒流が流れ込むことは海洋生物の多様性に繋がります。知床は海氷が発生するほどの寒冷地で、さらに北方からの寒流も流れ込むため、寒冷地方の魚類が多く存在します。一方、知床には暖流も流れ込むため、熱帯・亜熱帯地方の魚類も存在します。そのため、知床の海には多種の海洋生物が生息しています。

次に、知床が季節海氷域であることは、多くの海洋生物を育むための豊富な栄養をもたらしています。

海氷は、海洋生物にとっての栄養源となるプランクトンが繁殖しやすい環境を提供します。海氷が融ける春先にプランクトンの量はピークを迎えますが、その時期は多くの生物にとって繁殖や成長のために豊富な栄養を必要とする時期となります。つまり、知床は多くの海洋生物の生息に適した栄養豊かな海なのです。

このように、暖流と寒流が流れ込む、季節海氷域、という2つの特徴により、知床の海は多種の海洋生物が育つ豊かな海洋生態系を形成しています。

(2)豊かな陸上生態系

知床には半島を取り囲む海と複雑な地形により、変化に富んだ自然環境があります。変化に富んだ自然環境は、それぞれの環境に適した多種多様な植物、動物を育んでいます。

知床は狭い標高範囲の中に温帯~高山帯までの様々な植物が生息しています。また、森や川だけでなく草原や湿原などもあり、そこにも種類の異なる植物が自生しています。

様々な植物は多くの動物にとっての餌となります。そのため、狭い範囲で多様な植物が生息する知床は、動物にとって豊富な餌場となっています。また、その自然環境は法的に保護されており、人の手がほとんど加わっていません。そのため、知床には自然豊かで多様な陸上生態系があります。

(3)海洋と陸上生態系を結ぶ川

知床には多くの川が存在し、この川が海洋と陸上の生態系を結びつけています。
知床の川には、川と海を行き来するサケなどの淡水魚が多く存在します。これら淡水魚の稚魚は春先に海に降海しますが、この時期は餌であるプランクトンの量がピークを迎えます。栄養豊富な海で成長した淡水魚は、川を遡上し産卵をするとともに、一部は陸上生物にとっての餌となります。こうしてサケなどの淡水魚は豊かな海洋生態系の恩恵を受け、陸上生物の繁栄に貢献することで、海洋と陸上の生態系を結びつけています。

このように知床には海氷をきっかけに海から川、森までが一体となった独特の生態系が形成されています。この海、川、森が一体となった生態系が世界的にも稀な知床の遺産価値です。

※1 季節海氷域とは一年の一時期だけ海氷で覆われることのある海域。一年中、海氷で閉ざされている海域は多年海氷域(たねんかいひょういき)。

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3.資産の概要

資産は北海道の北東部に位置する知床半島です。資産として登録されている地域は半島中央部から先端部にかけた陸域とその周辺海域です。

座標位置
・北緯 43度56分58秒~44分21秒08秒
・東経 144度57分57秒~145度23分02秒

知床

図1 遺産地域マップ

画像:知床自然センター

登録地は既にある国の保護区を基に設定されており、管理上の目的から核心地域(かくしんちいき)と緩衝地域(かんしょうちいき)(※2)に区分されています。核心地域は知床半島の陸上中央部34,000haです。緩衝地域は知床半島沿岸部と陸上の一部、そして半島から約3kmまでの海域を合わせた37,000haです。

※2 核心地域は原生的な自然を保全することに主眼を置いた地域。
  緩衝地域は人の利用も視野に入れつつ保全を図る地域。

4.自然環境

(1)地形

知床

図2 地形図

画像: 知床の世界遺産登録 推薦書

知床半島は北海道の東北端に位置する半島です。

その形状は長さ約70km・幅約25kmと北東に向かって縦長の形をしています。

半島の中央部には、半島を東西に分けるように標高1661mの最高峰・羅臼岳(らうすだけ)をはじめとした1500m以上の火山群・知床連山(しれとこれんざん)が連なっています。また、海岸の形状も東西で異なります。

西側は火山活動により積み重なった火山噴出物を波が浸食することにより、切り立った海食崖(かいしょくがい)が形成されています。

一方、東側は西側とは対照的に、なだらかな海岸となっています。

知床

図3 知床西岸

画像:日本の世界遺産 知床

知床

図4 知床東岸

画像:道北の釣りと旅

知床半島の幅は25kmと狭いですが、海岸と知床連山の山頂とは1600mもの高低差があります。そのため、平地がほとんどない急な山間部になっています。さらに、森や川だけでなく、草原、湖沼(こしょう)、湿原や硫気孔源(りゅうきこうげん)(※3)なども存在し、自然環境はバラエティーに富んでいます。

このように知床半島は東西で大きく異なる地形をしているほか、森や川を始めとして、山岳地帯、草原、湖沼、湿原など変化に富んだ自然環境も存在しています。これらの環境は現在も人間活動に破壊されることなく残っています。

また、この複雑で人の手にさらされていない地形は、知床に多種多様な生物が棲む一つの大きな要因となっています。

※3 硫気孔原は硫化水素や亜硫酸ガスを多量に含む火山ガスを噴出する噴気孔のある場所。

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(2)海洋

知床 海洋

図3 北海道沿岸の海域と海流

参照:北海道を取り囲む海(マリンネット北海道) 

図4 オホーツク海とその周辺

参照:オホーツク海の流氷について(神奈川県立鶴見高等学校 環境教育)

知床半島を覆う海洋は、半島の西側がオホーツク海、東側が根室(ねむろ)海峡となっています。

オホーツク海はユーラシア大陸、サハリン島、カムチャッカ半島、千島列島(ちしまれっとう)、北海道に囲まれており、低緯度でありながらも海氷が発生する海域です。その南端に位置する知床半島は世界で最も低緯度な季節海氷域となっています。

世界で最も低緯度での季節海氷域であることは、海洋の栄養源であるプランクトンの増殖に繋がり、知床の独特の生態系にも深く関わっています。

オホーツク海では暖流である宗谷(そうや)暖流と寒流である東樺太(ひがしからふと)海流の2つの海流が流れています。宗谷暖流は日本海側を流れる対馬(つしま)暖流が宗谷海峡で分岐し、オホーツク海の南側を北海道北側沿岸に沿って根室海峡付近まで流れる暖流です。東樺太海流は東サハリン沖からオホーツク海を南に向かって流れる寒流です。宗谷暖流は夏季に、東樺太海流は冬季にその勢力を強めます。

根室海峡は北海道の東端と国後島(くなしりとう)の間の海域です。根室海峡はオホーツク海と太平洋の海水交換の場の一つとされています。知床半島東側は根室海峡の北側にあたり、オホーツク海沿岸の宗谷(そうや)暖流の影響を大きく受けています。

寒冷なオホーツク海の中で、寒流だけでなく暖流の影響も受ける知床の海は、寒冷地域、温暖地域双方の生物を育む要因となっています。

(3)気候

知床半島の気候は、海と山の影響により東西で大きく異なります。

知床半島の東側は根室海峡に面しており、羅臼(らうす)側と呼ばれています。羅臼側の夏季は根室海峡(太平洋側)からの湿気を含んだ南東風が知床連山に吹き付けるために、降水量が多く、海霧(かいむ)が発生して低温になる日が多いです。冬季は根室海峡の接する北太平洋の海洋性気候の影響を受け、降雪が多く気温は温暖です。

知床半島の西側はオホーツク海側に面しており、ウトロ側と呼ばれています。ウトロ側の夏季は東側から知床連山を越えて吹き降ろす風によって発生するフェーン現象(*4)とオホーツク海内の暖流である宗谷暖流の影響で、気温は高温で降水量は少なくなります。冬季はオホーツク海からの冷たい北西風と海氷の影響で、非常に気温が低くなります。

このように東西で大きく異なる気候も知床に多種多様な生物が生息する要因の一つです。

*4:フェーン現象とは風が山を越える際、風下側は暖かくて乾いた風が吹き降ろし、気温が上昇する現象。

知床

参照:Wikipedia フェーン現象

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(4)海氷

知床半島の西側に拡がるオホーツク海は、北緯44度という世界で最も低緯度な季節海氷域となっています。このような低緯度で海氷が形成されるのは、オホーツク海に以下の3つの条件が揃っているためです。

1つ目は海洋の塩分濃度です。オホーツク海は表層と中層以深の塩分濃度が著しく異なっています。この塩分濃度の違いが起きる原因はロシアのアムール川から流入する大量の淡水です。この淡水により、オホーツク海の表層約50mには塩分濃度の低い層が出来上がります。そして、その下の水面下50~60mで急激に塩分濃度が増加します。これにより、中層以下では塩分濃度が濃く、重たい水域が出来ます。この塩分濃度の違いにより、オホーツク海は海氷ができやすい環境になっているのです。

通常海氷が出来るためには、海水全体が結氷(けっひょう)温度(-1.8℃)にならないといけません。海水温度は海面付近から徐々に冷えていきます。冷えた海面付近の海水は重くなって沈み、代わりに水深の低い場所にあった温度の高い海水が上昇します。これを対流と言います。この対流を繰り返し、海水全体が結氷温度になることでようやく海氷が出来るのです。

しかし、塩分濃度の違いにより表層と中層以下で分断されたオホーツク海は、表層の水が冷やされて重くなっても、中層以下の水域との重さの差を覆すことが出来ず、対流することがありません。そのため、海面から表層50mのみが冷やされ続けます。そして表層部分が結氷温度に到達すると海氷が出来ます。通常、海氷は水深が深いほど海水全体を冷やすために多くの時間が必要なので、水深が深いほど海氷ができにくいと言えます。しかし、オホーツク海は表層50mのみが冷えれば海氷が出来ます。つまり、通常よりも海氷ができやすい海なのです。

2つ目の条件は地理的環境です。オホーツク海は周囲をユーラシア大陸、サハリン島、カムチャッカ半島、千島列島、北海道という陸地に囲まれています。そのため、外海との海水交換は千島列島間を通る太平洋のごく一部と宗谷暖流に限られています。この比較的閉ざされた地理的環境により、前述の通常よりも海氷ができやすいオホーツク海の構造(塩分濃度の違いによる二重構造)が保たれています。

3つ目の条件は気圧配置です。冬季のオホーツク海海域では西高東低の気圧配置が発達します。これにより、西側のシベリアの寒気がオホーツク海上を東に吹き抜け、効率的に海水が冷却されます。海水が通常より効率的に冷却されれば、海水はより早く結氷温度に到達します。つまり、海氷ができやすくなります。

これら3つの条件により、オホーツク海は北緯44度という低緯度で海氷が出来る世界でも稀な海域となっています。海氷はプランクトンが繁殖しやすい環境を提供するため、知床の豊かな生態系を作りあげる大きな要因となっています。

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5.生物・生態系

(1)動物

知床半島に生息する動物は多様性に富んでいます。知床半島にはサハリンから渡ってきた北方(ほっぽう)由来の種と日本の本州から渡ってきた南方(なんぽう)由来の種が共存しています。また、かつて北海道全域に生息していた陸棲(りくせい)哺乳類や鳥類のほぼ全ての種が残っています。これは知床半島の複雑で多様な自然環境と、その環境が手つかずのまま残されているためです。

①陸棲哺乳類(りくせいほにゅうるい)

知床半島には、6目12科35種もの陸棲哺乳類が生息しています。代表的な例は、ヒグマ、キタキツネ、エゾシカといった動物です。知床半島は多種の生息地となっているだけでなく、生息地としての質も高いという特徴があります。

一般的に生息地の質が上がると、野生動物の行動圏面積は小さくなる傾向があります。知床半島に棲むヒグマのメス成獣の行動圏面積は平均約15㎢ですが、これは世界的に見ても最もとても小さい水準です(アメリカ北部やアラスカ地域では300㎢。)。

また、生息地の質が上がると大型の種が高密度で生息することがわかっています。知床半島には北方由来のヒグマや、南方由来のエゾシカといった大型種が高密度で生息しています。このことからも知床半島が様々な陸棲哺乳類にとって質の高い生息地であることがわかります。

②海棲哺乳類(かいせいほにゅうるい)

海棲哺乳類については、1980年以降、知床半島沿岸で2目9科22属28種が確認されています。確認されている海棲哺乳類はトド、ゴマフアザラシなどの鰭脚類(ききゃくるい)、ミンククジラ、マッコウクジラなどの鯨類です。知床半島は日本で最も鰭脚類が訪れる海域で、日本に現存する鰭脚類7種全種が確認されています。知床半島は海棲哺乳類の生息地として世界的にも重要な海域です。

まず知床半島沿岸海域にはプランクトンを始めとした豊富な餌資源があります。そして、冬季の海氷は外敵や波浪から海棲哺乳類の身を護る役割も果たしています。そのため、知床沿岸海域は海棲哺乳類が餌を摂ったり、休息したり、繁殖したりする上でとても重要な場所となっています。

この環境が、知床での多様な海棲哺乳類での生息に繋がっています。

③鳥類

鳥類については、18目50科264種が確認されています。これは日本で確認されている鳥類542種のほぼ半数で、非常に豊富な種類が存在することがわかります。特に代表的な例としては、オオワシ、オジロワシ、シマフクロウ、クマゲラの4種が挙げられます。この4種は天然記念物にも指定されています。

このように豊富な鳥類が生息するのは、知床半島及び沿岸海域にある豊富な餌資源と多様な植生によるものです。低山帯の植物があるところにはシジュウカラやウグイスといった鳥類が、高山帯の植物があるところにはホシガラスやメボソムシクイといった鳥類が生息しています。

他にも、半島内に点在する草原地帯にはヒバリなどの草原性の鳥類が生息しています。また、羅臼湖(らうすこ)や知床五胡(しれとこごこ)といった湖沼ではマガモやオシドリと言った水鳥が生息し、河川の近くではセキレイやカワセミなどの鳥類を見ることも出来ます。更に海岸線には豊富な魚類を餌とするカモメなどの海鳥も多く生息しています。このように知床半島は多くの鳥類にとって、重要な生息地となっています。

④魚類

魚類については、淡水魚8目12科42種、海水魚26目74科223種が確認されています。

淡水魚の代表的な例はサケです。知床の淡水魚は海と関わりが深く、確認されている淡水魚の約7割が海へ降海し、産卵期には川を遡上する通し回遊魚です。これは海洋に大量の餌が発生するという知床の生態系に関わっています。また、知床では太平洋に生息するサケ13種の内の10種が確認されています。特にサケ科のオショロコマが生息するのは日本でも知床半島だけです。知床は天然のサケ科魚類の繁殖地の中で重要な場所となっています。

一方、海水魚の代表的な例はカジカです。カジカは北日本より北側に生息する北方系の魚です。知床の海水魚はカジカを始めとした北方系の魚が約7割を占めています。これは知床沿岸の海域が、特に冬場に非常に寒冷であるためと考えられています。しかし、知床半島沿岸はオホーツク海唯一の宗谷暖流も流れ込んでいるため、熱帯や亜熱帯に生息する南方系の魚類も多く確認されています。その割合は知床で見られる海水魚全体の約14%に昇り、オホーツク海でも特異な海域となっています。

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(2)植物

知床半島はその複雑な自然環境のため、生息する植物の種類も多種多様です。陸上には104科817種が確認されています。

知床の植物の特徴として、「狭い標高範囲に様々な植物が分布している」という特徴があります。一般的な標高分布の例として、本州中部地方に見られる植物の垂直分布(※5)を示します。

図8 本州中部地方に見られる植物の垂直分布

参照:日本の植物群系の垂直分布

知床では海岸から山頂1600mまでの間に高山帯までの垂直分布を見ることが出来ます。

海岸付近ではハマナスなどの温帯植物が見られます。

次に標高80m付近からは、ミズナラなどの冷温帯性落葉広葉樹林(れいおんたいせい らくようこうようじゅりん)、トドマツなどの亜寒帯性常緑針葉樹林(あかんたいせい じょうりょくしんようじゅりん)、それらが混生した針広混交林(しんこうこんこうりん)が見られるようになります。

北海道の他の地域ではこれほど低い標高では見られません。

標高約750mからはダケカンバといった亜高山帯(あこうざんたい)の植物が見られます。

標高約1100mとなると、森林限界(しんりんげんかい) (※6)を迎え、それより高い部分ではハイマツ低木林帯やシレトコスミレなどの高山植物が見られるようになります。

ハイマツ低木林帯は本州では標高2000m以上の山でしか見られませんが、知床では標高570m辺りから確認できることもあります。これは冬季季節風と地形要因が複合した、厳しい環境によるためと考えられています。

このように海岸から山頂にかけて、温帯性から寒帯性までの植物の垂直分布が見られます。

※5 垂直分布とは生体分布の一つで、高度による生物の分布。
※6 森林限界とは高木が分布できる限界線。

(3)生態系

知床の生態系は、海、川、森が一体となった特徴的な生態系です。

この生態系の発端となるのは、海氷によって大増殖する植物プランクトンです。

海氷は植物プランクトンに必要なケイ酸塩、リン酸塩、硝酸塩などの栄養塩類を豊富に提供します。海氷底面には珪藻類(けいそうるい)(*7)を中心としたアイス・アルジーと呼ばれる植物プランクトンが繁殖しています。海氷が融ける時期になるとアイス・アルジーをはじめとした植物プランクトンは大増殖します。植物プランクトンはオキアミなどの動物プランクトンの栄養となります。そして、動物プランクトンは小魚の餌となり、小魚は大型魚類や海獣類、鳥類の餌になり、海洋での食物連鎖が繋がっていきます。

また、知床は世界で最も低緯度な季節海氷域で、他の海域より早い春先から海氷が融け始めます。この時期は良質で大量の餌が求められる稚魚が増える時期やアザラシなどの幼獣の離乳時期と一致します。稚魚にはサケやスケトウダラといった通し回遊魚の稚魚も含まれます。通し回遊魚の稚魚は海で豊富な栄養を得て成長し、産卵の時期になると河川を遡上します。その際、ヒグマなどの森に棲む動物の餌となり、陸上の食物連鎖に繋がります。

このように知床では海氷を始めとして、海洋・陸上の生態系が川を通じて一体となっています。知床で確認されている淡水魚の約7割がサケなどの通し回遊魚で、海と繋がりが深いということも興味深い事実です。

*7 珪藻類 水中に生息する藻の一種。単細胞で光合成を行い、珪酸質(けいさんしつ)の殻を持つ。珪酸質とはガラス質のこと。

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【参考書籍】
すべてがわかる世界遺産大辞典(上)(世界遺産検定事務局)

【参考HP】
UNESCO World Heritage centre

「知床」の世界自然遺産登録

「知床」の世界自然遺産登録 推薦書(和文仮訳)

日本の世界遺産 知床

知床自然センター

根室海峡における春季および秋季の水質変化過程

マリンネット北海道 北海道を取り囲む海

神奈川県立鶴見高等学校 環境教育 オホーツク海の流氷について

Wikipedia フェーン現象

珪藻ってどんな生き物?

コトバンク 垂直分布

コトバンク 硫気孔

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